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La crieからのMessage

職人 / 店主

宮本祐樹


振り返ってみると、あの衝撃が職人になるきっかけだったのかもしれません。

 
小学生の頃、両親に連れて行ってもらった香川。メインはレオマワールドへ行く事でしたが、金刀比羅宮へ参拝も行きました。参道の両端にはたくさんのお土産屋さんが並んでいます。
すると「コンコン、コーン」と音がしています。そのほうを見てみると、暗い店内の半畳ほどのスペースにおじいさんが座りノミと槌で木を彫っています。その奥には数々の仏像が並んでいます。多くの人がおじいさんの前を通るのですが、見向きもしません。その姿は、まさに一心不乱。木屑まみれになっても気にすることもなく、ただひたすらに槌を振る姿に、子供ながらに感銘を受けました。
そして、思ったのです。
 
「僕も大きくなったら、モノを生み出せるヒトになろう!!」
 
そして時は過ぎ、22歳の冬、大阪。あるバイク雑誌を見ていると、広告の中に書いてある2行の文章が目に飛び込んで来た。
 
「厳しくとも、誇り高き革職人募集します。
 履歴書と決意表明を明記のうえ、郵送のこと」
 



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これだ!!


郵送している場合ではない。次の日、切り抜いた地図を片手に朝一番の新幹線に飛び乗り関東へ。アポも取らず,店に着くなり「社長に会わせてください!!」今から考えると、よくこんな失礼な事を・・、と思うがその時は必死だったし、絶対やると決めていた。
 
それから、10年近く、朝10時から翌朝5時まで、工房で革との闘い。3年は本当に苦しかった。不器用でなかなか思う様に出来ない。
ただ、辞めようとは思わなかった。若き日に見た、おじいさん、あの職人さんの様になるんだと強く思ってから10年以上経ち、自分なりのイメージが重なり強化された為、あきらめる気がまったくなくなっていた。5年を過ぎたころには楽しさすら出てきた。革包丁で革を裁断するのも、イメージ通りに切れ出したのもこの頃だと思う。そしてこの頃から徹底的にやったのが


「手縫い」


世間で出回っている革製品の多くはミシン縫いである。当たり前である。生産効率がまったく違う。10倍は違う。ただ革好き、マニアは手縫いを好む。目利きを唸らす為には、手縫いしかないと思った。
それからは研究の日々。独自の、オリジナルの、自分だけの手縫いが欲しかった。様々な現物を見て回り、多くの雑誌を読み漁った。
そんな時、修理で帰ってきた手縫いのウォレットを見て思った。

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「汚い??」

原因は色々ある。

まず、手縫いの場合、先にキリ等で穴を開け、糸を通し、締め上げていく。この時の穴と穴を、ピッチと呼ぶ。これが狭い??と思った。新品の時は丁度よく、美しい。ただ使用されていくと革が少々伸びピッチが狭くなり見た目が良くない。糸を解いてみると、確かに穴と穴の距離が狭くなっている。それから、使用された手縫いの商品を多く見てきた。

革のチョイスも原因だ。伸びやすい部分、薄い部分は使用すべきではない??

多くの結果から、漠然と自分の手縫いが見えてきて、商品に落とし込んでいった。

今まで1種類のキリしか使用していなかったが、3種類に増やした。厚さ、硬さ、Rの具合により、キリを変更し、ピッチの幅を多く取った。ピッチが大きいとどうしても荒く見えてしまう為、ギリギリの大きさを探った。直角に折れ曲がる糸のラインも表だけじゃなく、裏の流れにも気をつけた。
 
それを繰り返していく事により、今の、私の手縫いのスタイルが出来上がった。
しかし、完成された訳ではない。もっと良い糸はないか?もっと綺麗な見せ方はないか?きっと、終わりはない。



あの職人さんと出会って20年、実際、創っているモノは違えど、同じ職人になって10年。
きっと、こらからも創り続けていく。

あのヒトくらいの歳になったとき、どんな手縫いのトランクを私は創っているのだろう?

 
とても、楽しみです♪
 
長くなりましたが、こんな感じでやってきました。で、こんなヤツが創っています。少しでも、ご理解頂ければ幸いです。
ちなみに、??の所はあくまでも私の価値観ですので、悪しからず。

最後まで読んで頂き、有難う御座いました。


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